足踏み

トムウェイツの’土曜日の夜’は冬の街によく合う.五時を過ぎるとすっかり暮れてしまう.そんな急ぎ足で訪れた夜の街中に,彼の唄声はピアノとベースを連れて,じわりと響く.そういえば,ほんとの夜の街を僕は知らない.でもわかったような気分になる.こんな素敵な音楽の流れるような酒場はあるものだろうか.
自分てやつは言葉を尽くせば尽くした分だけ遠ざかり,嘘で溢れる.想いのままを表すのは,実につかみづらいものだ.経験を積み重ねて人は,わずかな沈黙にも耐えられなくなってしまう.本当のことだけ待ってれば,言葉はゆるりと湧き上がってきて輝く.
何度同じ曲を聴き続けていても,同じような感動が姿を見せる,胸の奥の方.何度も同じ道を通っていることに気づかず,迷い続けている感じだ.ああ,また同じような方法論で全てをパックして,レッテルを貼りたがる男だ.でも今日は,通りの窓は開いていて,カーテンは風に揺れていて,橋の上に新しい標識が立っている.そう,何もかもが違っている.